森下 誠
汚染水で全世界にその名が知れ渡った水俣市を、半世紀以上経た今、新種のタツノオトシゴ・「ヒメタツ」の生態を起爆剤に、ピンチをチャンスに変えて水俣の海の蘇りを伝える活動を行っている。水俣で育った森下誠さんは県外でダイバーの仕事をしていたが、ふとそれまで潜ったことがなかった地元の海に潜ってみると、そこには森のように海藻が生え、沢山の生き物たちが生息する光景が広がっていた。これならこの海を仕事にしていける!と、地元の漁協の承諾を得て、2008年に同市初のダイビングショップを開いた。密漁者と間違えられられないよう漁協に理解を得る為、海の生態系を脅かす、大量発生したウニを駆逐する潜水をボランティアで日々行い、海に流れる河川、また森の環境にも注目し、更なる海洋環境整備に力を注いだ。タツノオトシゴが多く生息していることに注目していた森下さんは、日々その生態を観察していた。海洋生物の専門家の「さかなクン」が水俣を訪れ、一緒に潜った際に、そのタツノオトシゴのことを紹介すると、それが新種ではないかとさかなクンが指摘。後に新種と判明し、ヒメタツと名付けられたタツノオトシゴの受精から産卵までの様子を毎日のように潜って撮影し、かつて死の海と言われていた水俣の海から、自然の力と人間の努力によって、新たな命が生まれ、再生される姿を世界に見て欲しいという思いでSNSを通じて発信している。また、環境の授業で水俣病を学習した小学生に、その後の水俣の海がどのように再生し、豊かに安全になったかを紹介し、自分たちの町に誇りを持てるよう講話を行っている。
この度は、第58回社会貢献者表彰式典にお招きにあずかり大変光栄に思います。様々な分野で社会貢献されている皆様にお会いでき学びと深い感銘を受けました。
安倍会長はじめ財団の皆様方、ご推薦いただいた宇佐川様には深く感謝申し上げます。
受賞につきましては活動にご理解、ご協力くださった地域の方々、現地まで足を運びご指導、ご支援くださった皆様のおかげです。誠にありがとうございます。
熊本県水俣市といえば……かつて公害により環境が壊され水辺に生息する多くの生き物が犠牲となり「死の海」と恐れられた悲しい歴史を持ちます。
1997年には安全宣言が出され国が定めた暫定的規制値(メチル水銀0.3ppm)を超える魚種がいないことが毎年行われるモニタリング調査でも確認されています。
しかし、水俣の海に対しての負のイメージが根強く残る現実もあります。
理由の一つに現在の環境や生態系を観察する個人や機関が現地に存在せず、最新の海中の様子の発信や見聞きする機会が少ないことが関係しているのではと感じていました。
2008年、水俣市に帰郷した私は漁業関係者の許可をいただき同市の海域を潜り現況を見て回りました。実際に目にした海中の世界は多種多様な命に溢れ死の海とは真逆の光景でした。なかでも圧倒的な個体数で心を奪われたのがタツノオトシゴでした。
①海藻やサンゴなどの住みか②餌となる動物性プランクトン③穏やかな海などの条件が揃う環境でないと観察できない希少なタツノオトシゴが水俣の海の負のイメージを払拭できる存在になりえるのではないかと可能性を感じ、翌2009年、水俣市で初めてのスキューバダイビングの現地サービスを立ち上げ、同時に地域との連携や信頼関係の構築にも注力し、全国でも珍しい24時間潜れるエリアを整えることもできました。
2015年、自然下での観察が非常に難しいタツノオトシゴのオスによる育児と出産を高確率で狙えるよう調査を重ね、観察方法を確立。年々訪れるダイバーも増加。
2017年、新種の「ヒメタツ」であることがさかなクンの協力を得て判明、さらにマスメディアで取り上げていただく機会も増え、水俣の海の再生のシンボルとして認知され負のイメージが徐々に払拭されはじめるのを感じました。
現在では、小学校など県内外から訪れる各教育機関への年間15回ほどの講話活動、年間10回ほどの海辺やヒメタツの観察会の開催。毎月実施しているプラゴミをメインとした海中清掃やビーチクリーン、海水温の上昇で増えすぎたウニ類の影響で減少した藻場の再生・保全など活動を共にする仲間も増えました。
「水俣の海にタツノオトシゴがおるとは知らなかった」「テレビば見たよ!海はキレイになったね~」と多くの反響をいただき水俣の方々が自信や誇りを故郷の海に抱くようになってきたことや地域に明るい話題が増えたことも実感しました。
近年の海水温の上昇、海底の砂漠化、大雨による土砂の流入、赤潮の発生、護岸工事など海の生き物の生息環境は常に脅かされています。今後は、官民学一体となって水俣の海を負のイメージから救ってくれたヒメタツの保護区つくりなどさらに活動を広げていきたいと思います。そして貴重な自然環境が戻ったことを示す体長10cmほどの小さな生き物の生息域を人間の手で守っていく意義は大きいと考えています。
この度の受賞は今後の活動の励みになります。本当にありがとうございました。