受賞者紹介

平成24年度

東日本大震災における貢献者表彰

しゃだんほうじん ぜんこくしゃきほけんきょうかいれんごうかい
みやぎしゃかいほけんびょういん

社団法人 全国社会保険協会連合会
宮城社会保険病院

(宮城県仙台市太白区)
社団法人 全国社会保険協会連合会 宮城社会保険病院 院長 石井 元康
院長 石井元康

3月11日の震災当日は近隣の市民370名が避難してきたため対応に当たり、翌日より仙台市太白区、名取市の避難所を巡回診療を開始した。13日からは名取医師会、宮城県立がんセンターと連携を組み、3月25日まで名取市内の避難所(ピーク時には40ヵ所以上、1万人がいた)を毎日巡回診療した。この間病院では24時間体制をとり、医師看護師職員総出で患者の診療を行った。

推薦者:一般社団法人 名取市医師会 会長 丹野 尚昭

3月11日14時46分から震度6強の地震が3分余り続きました。当院は震度7の耐震構造でしたので、4か所の配水管破壊による漏水はありましたが倒壊は免れました。

地震直後、病院のライフラインがすべて停止し、非常用電源のみで病院機能が維持されました。当院は海岸線から5kmに位置しています。東部道路(高さ8m)が防波堤となり、津波は当院に2kmまで迫って止まりました。通信機能は全廃し"陸の孤島"と化しましたが、全国社会保険協会連合会より援助物資が届き、病院活動が維持できました。重油供給依頼、テロップ放映依頼、電力供給依頼にガソリン不足の中奔走しました。水道水は2日後、電気が3日後、非常用電話が6日後、ガスが6日後に使用可能となりました。

地震直後から3日間は主に被災者の救急対応にあたりました。外傷、骨折・捻挫、低体温が主でしたが、3月14日には救急対応を要する患者数が減少したため、15日から避難所巡回を開始しました。避難所の多くは学校体育館であり、校長先生はじめ学校教員が対応にあたっていました。特に海岸地区は津波被害が大きく、地元の診療所医師は被災の中での避難所巡回で、疲労が極限に達していました。初期は外傷治療のほかに、津波による常用内服薬流失の対応が必要でした(写真:当院医師・看護師・薬剤師・保健師・事務員がチームになって動いた。医師が薬や体調を避難者から聴取して、隣にいる薬剤師が必要な薬剤を病院に取りに戻り、服薬指導を行った)。避難所での地元医師会の活動と他県からの救援医療チーム活動は地震後1週過ぎ頃から始まり、お互いに協力しながら避難所巡回を行いました。2週目からは、慢性疾患を有する避難者の病状悪化、アトピーや喘息の悪化と避難所の感染症が問題となり、とくにインフルエンザと感染性腸炎の治療そして避難所の感染防止対策が必要でした。人工肛門管理指導にも皮膚排泄ケアの認定看護師があたりました。長引く避難所生活で精神ケアが必要な人もいました。約2週間で避難所の感染症が収束して、地元医師会に引き継ぐ形で避難所での医療活動を終了しました。巡回施設数は延べ72施設、避難所診察患者数は258名でした。

通信機能が回復してから崩壊した医療機関の入院患者受け入れが始まりました。精神科疾患の患者さんも含まれ病棟の混乱が危惧されましたが、全国の社会保険病院から看護師と介護福祉士の応援派遣をもらって有害事象もなく対応できました。

3月は紹介患者数、紹介率,逆紹介率、紹介患者数いずれも激減しました。12月にはようやくそれぞれの数字が回復してきましたが、近隣の人口が減少しており、完全に地域医療が回復するには地域復興と相まって時間がかかると思われます。いまだに外来で涙ぐむ人が見うけられます。

今回の大規模災害の場合、私達も含めた地域の人々は全国からの援助を受けながら、できることを一生懸命やってきました。その総体としてようやく復興しようとしています。この度の名誉ある受賞を地域の代表として頂ける事を感謝しております。