人命救助の功績
I would like to thank the FESCO foundation for choosing me for this year's award. I am truly humbled that I am thought of as being a hero, and for the recognition that I have received. I am just glad that I was there when someone needed me the most, and that I was able to help. Anyone that is placed in that situation would have done exactly as I did – anything possible to help someone at their greatest time of need. Although I am not in Japan anymore, I will remember my time in Okinawa and all of the experiences that I had there.
私たち家族にとって、それは読谷村の浜辺で過ごす、ごく普通の午後だった‐海の方から大声が聞こえるまでは。はじめ私は、誰か他の人に話しているのだろうとその日本語の声を聞き流していたが、ふとそこにいるのは自分たちだけということに気付いた。
声のする方に近づくと、男性が(海で)片手を振って助けを求め、もう一方の腕で男の子を抱えているのが見えた。私はふたりがなんらかのトラブルにあっていることを知り、すぐ海に飛び込み助けに向かった。男性のそばへ行くと、少年の状態が深刻であることがわかった。
男の子はぐったりとしていて、口のまわりに泡がついていた。男性は、少年の背中をこぶしでずっと叩きながら何か叫んでいた。おそらく「死ぬな!」と言っていたのだろう。私は男性と一緒に少年を岸に連れ戻し、救急訓練を思い出した。
岸へ泳ぎ着いたとき、少年を仰向けに寝かせて、すぐにABC救急処置‐Airwayエアウェイ(気道確保)、Breathingブリーディング(呼吸)、Circulationサーキュレーション(循環)‐を開始したけれど、全く反応がみられなかった。しかし耳を少年の胸元にあててみると、非常に浅いながらも呼吸をしていることがわかった。専門的な医療知識はなかったが、私は最後にCRP(人口呼吸法)を試みようと決心した。
何度か空気を送った後、少年がより確実に呼吸をし始めていることがわかったので、私は少年の体を動かし回復体勢にした。肺からの水は吐き出さなかったものの、少年の目が瞬き始めゆっくりと意識を取り戻しつつあることがわかった。
程なく救急車が現場へ到着し、少年は病院へ搬送された。少年と救急車へ乗り込む前に、男性は私のそばに来て話しかけた。彼は私のところに来て、肩に手を置き、
「ありがとう」と言っていた。
彼らが去った後、私は水辺の岩にしばらくの間座りこみ、涙をこらえながらたった今起きた出来事を振り返っていた。
その後しばらくして、私は、救助した少年と祖母から感謝の手紙を受け取った。そこには、このように書かれていた。
「わたしたちのヒーローへ 助けてくれてありがとう。あなたの助けがなかったら、孫は今ここにいなかったでしょう。この子はとても運がよかったと思います。私たちはあなたに感謝しています。どうぞ沖縄での滞在を楽しんでください。そしてこれからもよろしく」
今回のことにより2010年11月1日 嘉手納署において感謝状贈呈式が行われ、比嘉友光署長より感謝状を頂いた。
「誰かが一番助けを必要としている時にそれができたことはとてもうれしい。この経験は一生忘れない」と私は思っている。
Richard Howell
United States Air Force, Okinawa