社会貢献の功績
柴田 久美子
柴田さんは、平成5年より特別養護老人ホームや有料老人ホームで寮母として勤務した後、平成10年に島根県隠岐郡にある人口約700人の離島、知夫里島にある高齢者福祉センタ-で勤務を始めた。特別養護老人ホームも入院施設のある病院もない知夫里島で勤務を続けていくうちに、重介護が必要になり泣く泣く島を離れ、本土の施設へ移っていかなければならない高齢者の姿に悩まされるようになった。
「この島で最期を迎えたい」そう高齢者に泣きつかれ、島にも重介護者を受け入れ、生まれ育った故郷で最期を待ち、自分の好きな場所で逝くことができる「看取りの家」を造ることを決意した。村で競売にかけられていた薄毛地区の集会所を自分の財産のほとんどを投じて買い取り、営利を目的としない特定非営利活動法人(NPO法人)「なごみの里」を設立。お年寄り本人が望む死を実現する「看取りの家」として受け入れはじめた。
しかし、設立当初はよそ者である柴田さんへの島民の風当たりは強く、募集をかけても入居者はいなかった。NPO法人の認知度も島では低く、宗教法人と勘違いされる事もあった。島の人々の誤解を解くためのチラシ配りや説明によって理解者は徐々に増えていったが、それでも最初の入居者は設立から5ヵ月後であった。
完全24時間介護を行っているなごみの里だが、高齢者から入る直接的な収入は運営資金のわずか1割程度。その他は柴田さんが各地で行っている講演活動や著書の印税そして様々な助成金で賄っている現状で、台所事情はいつも厳しい。青少年育成などの理念により、各地の若者や障害者などの人々を職員や有償ボランティアとして採用している。なごみの里は、本当の自分に出会える若者の「はたご屋」(宿屋)にもなっている。
現在では、村内に限らず柴田さんの理念を知って本土から生活用品、食料、介護用品などを寄贈する企業や個人も数多く、その数は500を越える。しかし、金銭の寄付は基本的に受け入れていない。
柴田さんは、高齢者こそ幸せを運んで下さる方ということから「幸齢者」と表現している。そして「たとえその人の人生の99%が不幸だとしても、その人の最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せに変わる」と尊敬するマザーテレサの言葉を借りて話す。在宅での死が難しくなっている現在の日本。病院や老人ホーム、そして自宅など本人が望む場所で、望む人達に看取られ、本人が望む形で旅立つ社会づくりが必要ではないかという。
柴田さんは、豊かになったように見える日本の中で、逝く人も見送る人も真の幸せを手に出来るように、そしてその尊い看取りを行う家族達の負担を軽減するためになごみの里での活動を続けている。
受賞の言葉
今回の受賞を心より感謝申し上げます。看取りの家なごみの里の幸齢者様、そして全国の支援者様、ボランティア、スタッフの方々の真心に対して頂いた賞であると喜びを分ちあっております。これからも幸齢者様に寄り添って看取りの実践を行い、真に美しい日本を目指して死の文化をお伝えしてまいります。感謝 合掌。