社会貢献の功績
栗山 さやか
東京・渋谷のファッションビルのショップ店員として勤務し、金髪に派手なメイク、黒く焼いた肌と流行のファッションで、若者らしい毎日を送っていたが、24歳の時に友人が夭折したことで、それまでの自身の生き方に疑問を抱き、25歳でバックパックひとつで海外に出発。平成18年からエチオピアの医療施設でボランティアをはじめた。その後アフリカ各国を巡り、同21年にモザンビーク北部で暮らし、エチオピア以上に過酷な環境にあるこの場所でNPOアシャンテママを設立し、最貧困地区に生きる子どもや女性への生活指導を開始した。更に同国の国家資格「医療技術師」の取得のため医療学校へ入学。猛勉強の末、現地の公用語、ポルトガル語での試験にも関わらすトップの成績で同資格を取得した。アシャンテママでは、子どもと女性合わせて約300名近くにまで増えている登録者に対し、生活指導、教育指導、医療援助などの支援プログラムを無償で提供している。
まず初めに、この賞を受賞させていただきましたこと、素晴らしいお時間を皆様と共有できたこと、お礼申し上げます。
私は、2006年に日本を出て海外を貧乏旅行しながら、インド、エチオピアでボランティア活動をはじめ、2009年にモザンビーク共和国北部で現地のNPOでボランティア活動をしながら、あまりに厳しい生活をしている人々を目の当たりにしました。 貧しいことに加え、HIV感染、病気などで苦しむ女性、両親、あるいは片親を亡くしてしまった子供たちのための教育、保健衛生支援を主とした協会アシャンテママを現地で設立しました。戸籍を持たずに生きる200名以上の子供たちへの戸籍取得支援、水汲みや薪探し、食べれらる葉っぱを探し、農作業に追われて過ごす毎日の子供たちへ小学校に通えるための手続き支援、女性たちへ最低限の保健衛生の知識や自立支援などが主な活動です。日本などの先進国とは全く別の人生を歩む女性たち子供たち。過酷な日々を過ごす弱い立場にある人たちを、自分の目で見てしまうこと、知ってしまうことがこういうことだったのだと思いながら、少しでもみんなの役に立てるように、子供たちの未来の可能性が広がるようにと活動を続けてきました。何が原因かもわからずに亡くなっていってしまうこともある女性たち、子供たちと過ごすうちに、ここで医療を勉強したいと思い、モザンビークの国立医療養成学校に通い医療技術師の資格を取得しました。 そんな中、このような賞をいただけることになり、ありがたい気持ちでいっぱいになりました。
受賞式に参加させていただき、安倍会長をはじめとする皆様からの温かい励ましのお言葉の数々、一緒に受賞させていただいたその他48名の団体、個人のみなさまのひとつひとつの素晴らしいご活動に感動致しました。やはり人は一人では生きてはいけないし、困っている周りのひとを助けたいとただその思い一心でご活動されていらっしゃるみなさまに心打たれ、私ももっと頑張らなければととても励みになりました。今回受賞させていただいたこと、それに加え、私どものように大きな有名な団体ではないけれども、何年も何十年もこつこつと活動を続けて、多くのかたがたを支えていく生き方を選んだこのようなみなさまのことを知ることができ、とても感激致しました。
素晴らしい授賞式であり、多くの心打たれるご活動の数々を知れる出会いでした。
心から感謝を申し上げます。
栗山さやか