東日本大震災における救難活動の功績
青木 孝文
震災の犠牲者の身元確認が難航する中、日本歯科医師会は警察庁からの要請を受け、歯科所見による身元確認のために被災地に多数の歯科医師を派遣し、8,750体以上のご遺体の歯科所見採取作業にあたった。これらの情報と、歯科医院等から取り寄せた膨大な生前歯科情報を照合する作業は困難を極めた。そこで、東北大学副学長を務める青木さんは、歯科情報照合システム「Dental Finder」の開発及び無償提供を行うとともに、情報技術を活用した迅速かつ効率的な身元確認ワークフローを確立し、歯科所見による犠牲者の特定に大きな成果をあげた。青木さん自身も長期にわたって宮城県警で照合作業に尽力した。
このたびは、日本歯科医師会のご推薦により栄誉ある賞を賜り、心より御礼申し上げます。震災で犠牲になられた方の身元確認に際しては、多数の歯科医師の先生方が警察に協力しました。歯によるご遺体の個人識別を行うためでした。私自身は、情報工学の専門家として、この活動を支援いたしました。本来は、私のような一介の学者が賞をいただくのは、おこがましい限りですが、震災の記憶を風化させないために、特段のご配慮を下されたものと肝に銘じ、授賞式に臨みました。
取り組みの経緯を簡単にご紹介いたします。私は、これまで、画像認識の研究を専門として、自動車、情報家電、産業機器、ロボティクス、科学計測、医療などの分野で、多数の企業や研究機関と共同研究を行ってきました。この研究の中でとりわけ異色ではありますが、私自身、力を入れてきた分野に「法歯学的な遺体の個人識別」があります。私たちは2005年から、歯のエックス線画像の自動照合によって、災害等で亡くなられた方を特定する研究を行ってきました。群馬県検視警察医の小菅栄子先生との共同研究です。2009年には、新潟県歯科医師会とともに警察歯科医会全国大会を企画・開催し、2010年にはこの大会の議論を提言として取りまとめました。将来の大規模災害に備え、情報技術を活用して身元確認の迅速化を図るという提言です。
その直後、2011年に東日本大震災が発生し、故郷の石巻が被災した時には、とても偶然とは思えず、衝撃を受けました。このとき、宮城県において歯による身元確認の指揮をとられたのが宮城県歯科医師会の江澤庸博先生、宮城県警の伊東哲男機動鑑識隊長でした。私は、お二人の計らいで、情報工学の専門家として身元確認チームに参画しました。日本歯科医師会の柳川忠廣先生にも全面的なご支援をいただきました。
実際に私たちが現場で開発したのは、歯科所見をデータベース化して検索する技術です。江澤庸博先生・柏崎潤先生と相談しつつ、正味1~2週間程度の突貫工事で開発しました。健全な歯は「1」、部分修復歯は「2」など、歯の状態によって1から5までの数字を与え、32本の歯をデータ化して検索しました(宮澤富雄先生のモデルを基本にしました)。このソフトウェアをDental Finderと名付け、警察で運用しながら改良を重ねました。現在、全国に無償配布しております。最終的には、口腔内写真と歯科エックス線画像を加えてデータベース化し、歯科的個人識別のワークフローを構築しました。
身元確認のために、岩手・宮城・福島では、2011年の7月末までに延べ2,599人もの歯科医師が活動しました。「歯科医術たるは愛の御業なり(Dentistry is a work of love.)」とは、内村鑑三の言葉ですが、まさにその通りであると思います。このような献身的な活動を支援するために、私たちは今後も全力でご支援申し上げる所存です。最後に、東日本大震災の身元確認の作業は、現在も継続されていることを申し添え、このたびの震災により被害を受けられた皆様に、心からお見舞い申し上げます。
東北大学 大学院情報科学研究科
教授(副学長併任) 青木 孝文