東日本大震災における貢献者表彰
被災地障がい者センターみやぎ CIL たすけっと
被災障がい者センターみやぎは、震災後、県内で障害者を障がい者を支援する「CILたすけっと」を自らも障害を抱え、車いす生活をする及川智氏を代表者に事務局を設立。震災一週間後から活動を開始した。阪神淡路大震災の経験から設立された「ゆめ風基金」の基金協力も得て、被災した障がい者に対し、安定した長期的な支援活動を行なっている。3月の時点で100件以上の救援物資を配布。本部を仙台市に設置し、県南北の登戸市と亘理郡に拠点を設け、復興を目指す障害者に寄り添った活動を行っている。また、県内2つの拠点を設けたことにより、雇用創出と持続可能な活動を結びつけることに成功した。
平成24年度「東日本大震災における貢献者表彰」を賜り、謹んで御礼申し上げます。
2011年3月11日の東日本大震災の時、仙台市長町の「CILたすけっと」の事務所で被災した。たすけっとは障がい者自身が運営する支援団体で、17年前から障がい者の自立支援活動をしている。
震災当日はガラスが割れるなどの被害があったが、建物の倒壊もメンバーのけがもなく、私も含めて車いすユーザー含めて避難所へ向かった。しかし避難所は人ごみの中、身動きさえままならず、車いすでは避難できない、支援が受けられないことを身を持って実感したのである。この実体験が、多くの方々とともに支援活動を始めた大きな動機である。
3月中は全国から集めて届けて頂いた物資を県内の障がい者へひたすら届けた。食品、衣類、オムツ、カテーテル、経管栄養、酸素ボンベ、発電機…障がいゆえに必要な物資に重点を置いた。避難所で経験したように、障がい者だからといって、固有の不可欠なニーズに対応してくれない現状があったからである。避難所、ヘルパー事業所、個人宅。連絡をもらったところにはできるだけ早く届けた。
4月からは、仙台の団体を中心に「被災地障がい者センターみやぎ」(センターみやぎ)を組織した。この組織を立ち上げるにあたって、全国の自立生活センターが加盟する全国自立生活センター協議会(JIL)、DPI日本会議、ゆめ風基金、そしてそれらで組織された「東日本大震災障害者救援本部」の全面的なバックアップを受けている。その後ろには救援本部・ゆめ風基金へ1000円、2000円という尊い募金をいただいた寄付者がおられる。1銭もセンターみやぎの立ち上げに当たっては、日ごろから活動を続けてきた障がい当事者団体間の全国規模のつながりがあった。センターみやぎの事務局はたすけっとが担い、各地から連日10数名のボランティアが活動して頂いた。
障がい者を捜し、お話を聞き、物資提供、介助、手続き補助、必要とされることは、なんでも行った。体当たりともいえる活動を経て、被災地の福祉基盤の把握とニーズのマッチング、支援拠点の整備などを行った。その中で浮き彫りになったのは、沿岸部の福祉基盤の弱さと、福祉と障がい者との結びつきの弱さである。
昨年10月頃からは、山元町、登米市、石巻市に沿岸部支援の設けた拠点を中心にした活動に移行している。「復興」へ向けて。私たちが考える「復興」は元に戻すのではない。障がい者が地域社会の一員として暮らしていけるまちを障がい者も参画し作っていくことである。単純に福祉サービスを拡大するだけでなく、地域社会のつながりの中に障がい者もいる社会である。
登米の拠点は南三陸において、障がい児の放課後ケア、児童デイサービスを開始した。それまで支援を受けられなかった方のレスパイトなど、新たな資源となっている。
石巻の拠点は、初期の物資支援でつながった車いすユーザーがもともと抱いていた「障がいを持つ仲間を支援したい」という思いと「地域活動をする障害者」を求めていた我々の思いが一致し、当事者活動を中心に石巻の障がい者が再びつながる拠点となりつつある。車いすで地域を闊歩し、少しずつつながりをつくる日々が続いている。
「復興」には10年、20年は優にかかる。その中で障がい者も暮らせる町、地域づくりをしていきたい。