社会貢献の功績
山本 和子
昭和45年に、有志で視覚障害者を対象とする録音図書制作を目的に和歌山市で「和歌山グループ・声」を発足させた。京都市の劇団出身であり、地方局のアナウンサーを勤めたことなどの経験を活かし、朗読指導、録音、編集、企画、運営など、活動の全般を担い、「ボランティアであっても技術はプロ並みに」を目指し40年にわたる活動を続けられている。会員は大人88名、小学生39名。
この度は、社会貢献の部において、このようなすばらしい賞を頂き、誠にありがとうございます。また、貴財団設立40周年とお聞きし、これもまた何かのご縁と密かに喜びを感じている次第でございます。と申しますのは、私が夫婦でこの和歌山グループ声をスタートさせましたのも、1970年11月のことで、今年で40周年の朗読発表会を開催したからでございます。
今でこそ100名近い会員がおりますが、始まった当初は、5名からのスタートでした。子供が通う小学校に、視覚障害を持ったお母様がいまして、「子供の学級だよりが読みたい」という言葉を聞き、録音することから始まりました。私の自宅に集まり、夫が趣味で持っていたオープンリールの録音機に声を吹き込み、時間をかけてダビングをして差し上げていました。そこから当時の和歌山市盲人協会婦人部との交流が生まれ、「料理の作り方テープ」を小さじ1杯をどう読めば分かりやすいかと悩みながら製作。1976年に和歌山県が発行している公報誌「県民の友」の録音をさせて頂くようになり、和歌山グループ声の基礎が築かれたのです。
あれから40年、ボランティアという言葉が当たり前のように使われる時代になり、私どもの活動に多くの方が賛同し、入会してくださるようになりました。活動も朗読テープの製作だけでなく、健常者と障害者が共に作るステージイベント・車いすダンス・テープからデイジー録音へと進化していこうとしています。
若い頃に司会や演劇に興味を持ち、人前で話したり読んだりした経験から、ただ単純に声に出して表現する事が好きというだけで、ひたすら進んで参りました。今思えば、お節介おばさん以外の何者でもなかったでしょう。ですが、障害が有る無しに関わらず、こうして人の中に飛び込んでいくことが、私が生きている事の証しだったのです。益々人間関係が希薄化し、家族ですらお互いに関心を持たなくなってきている世の中です。命のある限り、お節介おばあさんを貫き通し、紡いできた道を全うしたいと思っております。
最後になりましたが、公益財団法人 社会貢献支援財団様の今後益々のご発展を心からお祈りし、また、これまで和歌山グループ声を応援して下さった方々、前しか見ずに進む私に付いてきて下さった会員の皆様には、深く感謝を申し上げ手記とさせて頂きます。