第三分野/特定分野の功績
中村 宗次郎
熟練工の養成学校を出て川崎の鉄工所に勤め、船舶解体作業の合間に横浜の海に潜ると、海中には錨がいくつも沈んでいた。その中に、海底に刺さった形跡のない上向きの錨爪(びょうそう)があるのを見て、これでは錨が本来の役目を果たしてない、と疑問に思ったのが、「アンカー人生への入り口」だった。錨が上向きのままということは、船はアンカーの把駐力によってではなく、長く引き出されたチェーンの質量で止まっていたのだ。これでは走錨(そうびょう=錨が海底を滑る現象)を起こしてしまう。
大手の造船所に移り夜間に工学系大学に通う中で、中村さんの疑問は「今までのアンカーでは、船を安全に止めることは出来ない」という確信へと変わり、卒業と同時に会社を辞めて継いだ家業の金具製造業業務のかたわら、本格的にアンカーの研究・開発を始めた。
小舟用アンカーを作った後、錨の近代的基礎理論の文献を探したが見つからず、仕方なく小型の模型を作り、砂の上でアンカーリングの実験と試行を繰り返した。子供たちが揚げる凧、それも洋式の三角凧の安定の良さをヒントに、新しい錨が生み出されていった。プレジャーボート向けの「バルカンアンカー」は半分の重量で同じ効果を持つ錨として普及し、改良型は後に関東運輸局から表彰を受けている。
さらに大型船舶用のストックアンカー「DA-1」を開発し、1985年に発表した。これはJIS規格のアンカーより把駐力が大きいことで注目を集め、荒れる航路を航行する船に採用された。DA-1の性能が知られるにつれ、中村さんはアンカーの伝道師とまで呼ばれるようになった。中村さんは、チェーンを鉄からアラミド繊維に変える画期的なアイディアに取り組むなど、さらに安全性の高いアンカーリングを目指して開発を続けている。
受賞の言葉
古来船乗りは嵐の海で安心して船の全を託せる錨にどれほど恋焦れた事か、年少の頃、海の底で爪を上に向け転がる錨に大いに驚愕しました。永き伝統に守られた錨に深い闇を見、今小なれど、希望ある光を得て栄えて受賞に当り、ここに船の伴侶たる錨を眞に永遠なる恋人として完成し、役立て皆様のご支援と共に歩みたく念願申し上げます。