社会貢献の功績
井上 勝江
1949年に設立された関東医療少年院で、院内の20人位の少女たちに染色を教えていた。同院では棟方志功氏の弟子でもあった木版家の棟方末華氏が木版の指導をしていたが、末華氏から木版画を教えてもらいながら染色の指導を20年間続けた。その後同院の建替えや自身の結婚、子育で指導は止め、末華氏も亡くなった。1995年頃、再び同院から請われ、少年たちに木版画の指導を再開した。同院には病気がちの子や心の病のある子が多い。少年たちが一つのこと集中してやることは有意義であり、一年がかりで作品を仕上げ、カレンダーに仕立てられ販売される。「誰のためでもなく、子どもたちと共に手仕事を通じ、何か見つけてくれることを望み、やっているだけ」と40年近くにわたりボランティア活動を続けている。
私が20才前半(60年前)に関東医療少年院に歌声運動をしていらっしゃったある作曲家の先生に同院に連れていって頂きました。その頃私は江戸友禅の勉強をしていたのです。
少年院の小川太郎院長から女子院生に染色をおしえてほしいとのお話がありました。
ほとんど年齢差のない少女たちと友達のようになり染色教室をはじめたのです。テーブルセンターなどを染め、私は時間のゆるす限り私は院に通いました。
作品作りに精を出す女子院生といろんな会話がありました。
大勢の後援して下さる方にお買い上げいただきましたが、その後の院の改築や私の子育てなどでしばらくお休みをいただきました。
その当時、院に男子院生に木版画を指導にきていらっしゃった先生に、私も木版を教えていただき、私の木版への道がひらけたのです。20年前に木版の先生がお亡くなりになり、後釜にとのお話があり再び院に指導に伺うことになりました。
私より背の高い男の子の院生との出会いです。院生のおばあさんです。5月の末に矯正局のバザーがあり毎年カレンダーは完売をするという人気商品になっております。一年を通して「手彫り」「手摺り」のカレンダーで、仕立ても自分たちで完成させる手作りのぬくもりのあるカレンダーです。先生方の手助けがあり、少年たちは時間を忘れて没頭します。手仕事による暖かみの創作の喜びを通して、少しでも心豊かな大人になってほしいと願い、祈ります。
棟方志功先生、棟方末幸先生と出会い、またたくさんの院生たちと出会いがあり「大悲大慈」の願いに導かれ私は院生とゆっくり歩き指導を続けたいと思っております。
ありがとうございました。
木版画家 井上 勝江