東日本大震災における貢献者表彰
小松 孝男
平成21年に気仙沼市中みなと町で開業したばかりのクリニックが震災で全壊、流出してしまったが、翌日には同市医師会災害対策本部を訪れて医療救護活動を申し出て、自宅を拠点とし、地区内避難所17ヵ所(避難者約2,500人)を担当し、連日徒歩で巡回して無償で診察に当たった。処方薬は全て失ったため、時には仙台市まで日帰りで出向き薬剤の調達を行うなど、被災者に寄り添った活動をした。
この度は貴財団より思いがけない表彰を賜りまして、身に余る光栄であり、また今後の励みになるものと、厚く御礼を申しあげます。
東日本大震災で私の診療所は全壊し、跡形もなく流されてしまいました。地元出身の医師として自分に出来る事は医療を通じて被災された皆さんのお役にたつしかないと思い、翌日から看護師を同伴して巡回を始めました。
当初、私は「故郷なのだから…俺がやらなければ…」などとやや高揚していて、ガレキやヘドロで埋め尽くされた道も苦にならず、長い道のりを歩きました。
避難所は水もない、電気もない、車もガソリンもない、薬も手に入らず、支援者も足りず、途絶された過酷な状況でした。災害直後の被災者は、茫然自失、「頭の中が真っ白」といった震災による直接的な精神的打撃を受けましたが、時間が経つにつれてそれが減少し、最近では生活環境ストレスが増加しております。生活環境の変化で、うつ病や引きこもり、アルコール依存、心的外傷ストレス障害(PTSD)が大きな精神医学的問題となってきております。
私は日本のみならず、世界の多くの人々からの心温まる励ましと、御支援のおかげで、震災2ヶ月後に内陸側に移転して仮設新郎を再開することができました。一年後には、改築工事か終了し、現在通常通り診察しております。日常診療を通じてまた「宮城心のケアセンター」や気仙沼医師会の「出前こころの健康セミナー」の一員として、地域住民の「心身の健やかな毎日」を目指してお手伝いをしております。
心のケアは総合的な生活相談の一部でもありますので、今後、安心して住める所、そして安定して働ける所が確保されて、1日でも早くぐっすり眠れる日が来ますように、継続して微力を尽くしていく所存でございます。
世界中が我々の復興の様子を注目しております。完全復興までは険しい道のりでありますので、今後とも、ご指導と御力添えを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。