第二部門/多年にわたる功労
田内 基
田内基さんは平成元年10月、大阪府堺市のニュータウンの一角に、日本で最初で唯一の在日韓国・朝鮮のお年寄りのための老人ホーム「故郷の家」を建設した。3階建てのホームは、韓国の民芸品が飾られ、オンドル(韓国式の床暖房)部屋で寝起きでき、キムチが食べられ、誰はばかることなく韓国語が話せるなど、故国のやすらぎに満ちあふれた施設である。入所しているのは約100人。入所希望者は1,000人を超える。
田内さんは、30年にわたり、韓国の木浦共生園で3,000人の孤児を育て、日本人ながら「韓国孤児の母」と呼ばれた田内千鶴子さんの長男。今から17年前に久しぶりに日本に来た際、在日韓国・朝鮮人のお年寄りの相次ぐ孤独死に心打たれた。日本に渡り、戦争と差別の中で苦労しながら働き、いつしか独りになってしまい、祖国に帰るに帰れない在日のお年寄りたち。自分の母親が死の床で最後に「梅干しが食べたい」と言った言葉とオーバーラップし、彼らに老後を安心して過ごせる場をつくってあげたいと、東奔西走し、幾多の困難を乗り越えて、5年がかりで開設にこぎつけた。
億単位の借金を抱え、経営も厳しいのが実状だが、独り暮らしのお年寄りの期待に応えようと、平成6年には日本で最も多くの在日韓国・朝鮮人が暮らす街、大阪市生野区にデイサービスセンターをオープンした。日本人の利用も多く、お年寄りたちの国際交流の場となっている。さらに今年2月には、大震災で被災した神戸市長田区に2つめの「故郷の家・神戸」を開設した。在日だけでなく、日本人を含む多国籍の人たちの特別養護老人ホームである。京都、東京など、在日のお年寄りの多い地域から建設の要望は高く、ホーム建設の夢に終わりはない。
身寄りがなく、高齢化が進む在日韓国・朝鮮人の老人問題という困難なテーマに市民の立場で取り組んだことは、在住外国人が増加し、高齢化を迎える今後において、一石を投じる活動である。また、ホーム建設にあたっては、在日韓国・朝鮮人だけでなく、多くの日本人が寄付やボランティアで参加し、施設で働く日本の若者も多い。暗いイメージで日本をみてきた韓国の人たちも「故郷の家」を訪問することで認識を改めてくれると言う話を聞く。このホームの存在が理屈抜きで日韓友好に大きな力を発揮しているといえる。
このように、日本と韓国、日本人と在日韓国・朝鮮人の間を福祉や国際交流の面から友情の絆でつないできた田内さんの功績はとても大きく、他に類をみない。