受賞者

第46回

社会貢献の功績

ライフ・リバー

(兵庫県)

医師の畑野研太郎氏が今から30年前に日本キリスト教海外医療協力会よりバングラデシュのチャンドラゴーナ・キリスト教病院に派遣され10年間現地で勤務し帰国退職後、治療費を払うことのできない同国の貧しい人々のため、全国から募金を募り、治療費を支援する活動を始め、20年にわたり行っている。これまでに同病院にて10,987人の入院患者、61,383人の外来患者を支援し、77,206,865円の送金をした。現在は同病院の他にマイメンシンの障がい者コミュニティセンター、ラルシュ・マイメンシン(知的障がい者と共同生活する家)を支援している。

推薦者:日本歯科ボランティア機構
ライフ・リバー 畑野研太郎
畑野研太郎
チャンドラゴーナ・キリスト教病院で勤務中の畑野さん
チャンドラゴーナ・キリスト教病院で勤務中の畑野さん

 「先生、僕にはもう何もありません。入院費・治療費をはらうことはできません」。
 そう言って目の前の患者さんは泣き出した。大部屋の中、青年男子の患者さんだった。たしかに彼が入院した時に身に着けていたものは、ネックレスや時計やと徐々になくなっていた。彼には、それでもまだ手術が必要だった。他院で骨折の手術を受けたものの、骨髄感染を起こしてしまい、この数年間いくつかの病院を廻ってきた人だった。足の骨は一部腐骨となって、この数年、瘻孔からは膿が出続けている状態でこの病院に来た。腐骨を除き、皮膚移植をし、炎症の完全に収まるのを待って骨移植をする予定だった。日本キリスト教海外医療協力会からバングラデシュにハンセン病の医師として派遣されての3期目、もともと外科医だった私は、敷地内の一般病院の手伝いもしていたのです。彼との出会いが、ライフ・リバーを開始したきっかけです。

足かけ10年の働きを終了し、日本に帰国することとなりました。ハンセン病プログラムは、世界的なハンセン病対策の始まりとスタッフたちの成長によって、後の体制には不安はなかったのですが、もっとも心残りなのは一般病院の貧しい患者さんの支援方法がない事だったのです。入院費が払えずに夜逃げする患者さんもしばしばみられました。仕方がない、自分で続けることにしよう。そう決心して帰国後、志を同じくする友人たちに呼びかけてライフ・リバーを開始したのです。

それから21年が経ちました。2015年末までに、入院患者さん10,987人、外来患者さん61,383人。それと途中からマイメンシンの障碍を持つ方々の支援にもくわえられました。現地の病院スタッフ・人々も、貧しい方の医療に手を差し伸べたいという思いを持っておられるのです。日本にいる同志だけではなく、現地にいる同志たちとも力を合わせてくることができたことを、本当に感謝しています。

ライフ・リバーの働きは本当に小さな働きで、そのようなものが今回受賞の対象となったことに驚きもし、感謝もしています。世界には、実に多くの方々がこうした働きを続けておられることを知っているからです。今回の受賞のように真っ直ぐに褒められることは、めったにない経験で本当に励まされました。この受賞については、過去20年以上にわたって献金を続けてくださった同志の皆様と、現地で貧しい患者さんの治療にあたってくださった同志の皆様への受賞であると感じています。すぐに『ライフ・リバー通信』を発行して、この喜びを471人の個人の方(その中にはすでに鬼籍に入られている方もおられます)、140の団体(学校、幼稚園・保育園、キリスト教教会、ロータリー・クラブなど)の皆様にご報告させていただきました。

私たちの小さな働きを、勇気づけてくださったことを心から感謝いたします。

代表 畑野 研太郎

  • 治療費の支援を受ける患者さんのインタビュー
    治療費の支援を受ける患者さんのインタビュー
  • 支援により治療を受けている火傷を負った幼児
    支援により治療を受けている火傷を負った幼児
  • 支援しているラルシュ・マイメンシンの子ども達と
    支援しているラルシュ・マイメンシンの子ども達と
  • 支援を受けて手術を行った男性と家族(マイメンシン医科大学病院にて)
    支援を受けて手術を行った男性と家族(マイメンシン医科大学病院にて)
  • 患者さんの報告をまとめる現地スタッフ
    患者さんの報告をまとめる現地スタッフ