受賞者

平成27年度

社会貢献の功績

かねだ さとお

金田 聖夫

(山形県)

桜回廊で知られる山形県置賜地方で、同県の天然記念物である桜の名木、樹齢1300年の「薬師桜」と樹齢約800年の「釜の越桜」、いずれも老木で衰えが目立ってきたことから保存のために苗木作りを平成元年から開始し、7年の試行錯誤の上、苗木を創り出すことに成功。天然記念物であることから枝を切ることは出来ず、種を集め発芽させた苗を台木にし、雪折れした枝を接木する方法で増やしていった。(種を発芽させるのも最初は1/1000の確率だった)金田さんらの努力により、当時放置され、花数も減っていた置賜さくら回廊は息吹を取戻し、大勢の観光客が訪れるようになった。育った苗木は同県庁前を始め北海道から沖縄まで全国に贈られている。

推薦者:川野 楠己
金田 聖夫
樹齢1300年をほこる薬師桜
樹齢1300年をほこる薬師桜

この度は、公益財団法人社会貢献支援財団から、平成27年度社会貢献者の表彰を頂き、身に余る光栄と感じております。これも樹齢1300年と云われる薬師桜(エドヒガンサクラ)の育成を通じ、長年見守っていく中で、ご協力とご支援を頂きました多くの皆様のお力があってであり、また今は亡き妻のこうへの感謝も合せて申し上げたいと思います。

山形県白鷹町西高玉地域は、朝日連峰の麓にあり雪の多い土地でありますが、昔々の頃、地域の人々は、この地にエドヒガンザクラの木を植えて、集まって祭りや感謝の祈り等のためにその時代の役割を得て、1300年の命をつなぎ、春に厳粛な中にも控えめな花色の桜が見事に咲いて皆様に春の便りを届けています。

この樹齢が高いエドヒガンサクラの子孫を育てて各地に桜の素晴らしさを見てもらいたいという気持ちになったのは、薬師桜が枯れる寸前にまでになって行く姿を見て、これまでは当たり前と思っていたこの桜の花を、後世になんとか残して行きたいと思いながら、育成作業を始めたのは平成元年でした。山形県指定天然記念物の桜から枝を切る事は許されず、種子からの発芽からの出発、しかし発芽も大変難しく、初めは1000粒での発芽0という結果となり、次年度は3粒だけ発芽、その後色々な工夫と試行錯誤を重ね、7年の歳月をかけてやっと成功する事が出来ました。又、薬師桜の本来の花色姿を咲かせる苗木にするために、接ぎ木の手法を取り入れてみましたが、その年の気候の影響もあって、これも中々成功しませんでした。その後の失敗、成功の経験も得て、現在は発芽の手法と共に接ぎ木の手法も、安定して成功させられる事が出来ました。

桜の種
桜の種

今、こうして高樹齢になっても咲いてくれる、このエドヒガンサクラの苗木は、その後県内は勿論、北海道から沖縄までの、有名な寺院の境内、学校記念樹、公共施設の記念樹等としては、約3000本が送られて育っています。又、海外ではアメリカを始め、中国にも苗木が送られて育っています。2001年3月11日の午後2時46分、日本の太平洋沿岸に大きな被害をもたらした東日本大震災の復興を祈願した桜プロジェクトが、曹洞宗両本山永平寺・總持寺の元で計画されました。自分としては、桜の木の苗木で復興を目指すお手伝いが出来ることであればお役に立ちたいと思い、自宅での苗木育成(3年間で約500本)と總持寺での仮植苗木の剪定、育苗、消毒などの管理で、神奈川県鶴見まで、3年の間、毎月1回の割合で手入れ作業を行って、復興祈願桜プロジェクトにお手伝いさせていただきました。被災地の方々が一日も早く復興されることを願っております。

11月30日、帝国ホテル会場で、安倍昭恵会長から賞状をいただきながら、これまでのことを走馬灯のごとく思いだし感無量の時間でした。エドヒガンサクラに出会って本当に良かったと感じ、ご支援を頂きました多くの皆様に再度感謝を申し上げます。

日本さくらの会専門員
金田 聖夫

  • 薬師桜の勇姿
    薬師桜の勇姿
  • 苗木を育てるまでには試行錯誤を重ねた
    苗木を育てるまでには試行錯誤を重ねた
  • ここまで育つのが大変
    ここまで育つのが大変
  • 育った苗木は全国に届けられ育てられています
    育った苗木は全国に届けられ育てられています
  • 老木と金田さん
    老木と金田さん
  • 剪定作業中
    剪定作業中