受賞者紹介

平成24年度

東日本大震災における貢献者表彰

はやさか ほんしょう

早坂 本勝

(67歳:福島県相馬市)
早坂 本勝

南相馬市法恩寺の僧侶で、震災発生の翌日3月12日から遺体安置所閉鎖の9月30日まで、毎日同市内に設置された遺体安置所に赴き、同市内の犠牲者630人に向けて読経を続けた。遺族から感謝の声があがった。

推薦者:財団法人 警察協会

感謝

大震災から一年が過ぎました。何か夢のように一年が過ぎてしまいました。

大震災の翌日、市役所の広報でボランティア募集案内放送が流された。僕は何かをしなければと思い、すぐさま和歌山県白浜のお寺の住職で、同志の先輩、長橋啓運上人に電話で相談した。そしてすぐさま市役所に行った。

体育館に運び込まれた棺

あのう…僕は高齢でお坊さんなので力仕事などは出来ませんが、お経を読むのが得意です。何かお手伝いをしたいのですが…というと、それでは遺体安置所の方へ行ってくださいと言われ場所を知らされた。急いで行ってみるとそこは高校の体育館で、もうご遺体が数十体あり唖然とした。

これは一体どうしたことなのかと理解に苦しんだが、大津波に飲み込まれ、横死されたご遺体なのだ。警察の方、消防団員の方、関係者の方達が詰めていたのだが、まだ三月だったので体育館はとても寒くて、冷蔵庫にでもいるようだった。毎日三十体五十体と棺が並んだ。

ご遺族の方が身内の御遺体を捜しに来るが、なかなか見つけられずに肩を落としてかえる人もあった。小生も寒いなんて言ってられない状況で頑張って一日五時間、六時間の読経が続いた。夜九時ころ帰宅して帰宅して、食事して寝るだけの毎日が続いた。ご遺族、ご遺体の事を思うとお寺にじっとしていることが出来なかった。

無我夢中で一ヶ月が過ぎた四月中旬頃、安置所が変わった。小生の小庵から東方四、五Kの県スポーツセンターに移ったのである。これをきっかけに車でいっていたのを、徒歩で行く事にした。徒歩の往復中にお題目を心で唱え、安置所では約二時間の読経、往復一万二千歩、私は「弔いの行脚」と名付けて続けた。真夏の暑い日は、ヘロヘロになって歩いた。

震災の翌日からお経を唱え続けた

夏も終わりご遺体の捜索も難航し、新たな発見も無くなり九月になった。夢中で読経して来たので、月日の経つのも忘れていた。ハッと気が付いたら、もう秋の彼岸になっていた。もうそろそろ自分の気持ちに区切りを付けなくてはならないと思い、係りの警察官に挨拶して読経を終了した。実に、六か月半にも及んだ。

しかしその後、安心したせいか体調が悪くて困った。病院で診察して頂いたら、血圧が上昇して上が二百を超え下も百五十を超えていた。薬を頂いて飲用しているが、なかなか下がらず原因もわからず困っている。

そんな時「惨事ストレス」ということを知った。余りにも長い期間、異常な状況下に居た事によるストレスが原因ではないかと思った。今は、徐々に血圧も下がり、薬の効果が出てきたようだ。

福島原発の事故による放射能の事もあり、まだまだ当地方は、難題が山積みです。しかしこの度の社会貢献者表彰を受けることになり、大変に光栄に思っております。出家者としてあたりまえの事をしただけの事ですが、有り難くお受けします。出家者は生産者ではないので、只々出家の道を歩むことが大切だと思っております。お経と詠むこと、座して瞑想すること、それが愚僧の人生路と思っております。ありがとうございます。合掌。